ことりのかけら

気づいたことや帰国生・凸凹発達の教育情報を発信中。保護犬ピエルの話も時々。

母親の目線で職員室に入ってみました~見えてきた良いこと悪いこと~


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私は、英語の教育支援をするおばさんとして、自治体から雇われていたことがあります。

複数の学校に日替わりで通っていました。

実質英語の授業なのですが、学科の名前は、「国際コミュニケーション」。この学科を全学年に取り入れているモデル市でしたので、私は1年生から6年生までの授業のお手伝いをしました。 

学校によって、私が受け持つクラスの数は違いました。将来的には、担任が国際(英語)のクラスも1人でできるように、というコンセプトでしたので、すでに一人でできるという先生のクラスには入りませんでした。

ある学校では、1日6時限授業に出ずっぱりでした。ほかの学校では、数時間は職員室で待機していました。

この小学校での仕事の経験が、私の学校の先生方に対する考えを変えました。

・殆どの先生にいろいろ言っても、うるさいと思われることが多い。(全員ではないです。)

・殆どの先生の背中や頭の後ろには、目はない。(そんなにいろいろ目が届かない。)

・先生も普通の人間だから、好き嫌いもあるし不満も多い。

・子どもを愛情を持って育てる気持ちの薄い人もいる。

これは、親として学校の先生と関わっただけなら、決して肌で感じることのないことでした。

当時、息子は小学生。学校にはいろいろと配慮をお願いしていました。息子にとって喧騒の集団生活は、不安と混乱とストレスを倍増させる場所だったからです。私は、頻繁に学校の先生と「こうこうしていただけると助かります」「今日は家でこんな様子でしたが、学校ではどうでしたか?」などと連絡を取っていました。

結論から言えば、この年の息子の先生はあまりよくなかったです。いつも話の途中で「はいはい、わかってますよ。大丈夫ですよ。」 息子は、我慢して登校していたのだと思います。ストレスで気づかないうちに髪の毛をむしって部分的に髪がなくなってしまいました。先生は、その時も「なんともありませんよー。」でした。 

この先生は、管理職の受けの良い「親に対して」とても人当たりが良い先生でした。

この「親に対しては」っていうところ、重要です。

職員室では、違う面が見えてきます。(もちろん、全員ではありませんよ。)

(以下は、私が職員室で聞いた言葉です。息子の先生が言った言葉ではありません。息子の通う小学校と私の勤めていた小学校は別の自治体にあります。)

「あの子、むかつく。」

「あの子のお母さん、ヒステリックだわ。」

「(管理職が新卒教師に)いうこと聞かない時は、怒鳴ってでも謝らせなさい。バカにされたら負けですよ!」

「牛乳のむのに、1時間かかってるなんて、バカじゃないの。」

職員室の隅に机をもらっていた私に聞こえてきた言葉。軽く扱われている子ども。発達に特性がある子供に対して理解がない先生。軽蔑されているお母さん。

「ことり先生!」と素敵な笑顔で授業の打ち合わせをしてくださる、その同じ先生が、子どもの特性を笑いものにしている。

胸が痛みました。そして、(私にも息子にも同じことが起こっている可能性があるのだ。)と思うと、たまらなくなりました。

もちろん、上記のような先生ばかりではありません。真摯に子供に向かっている先生、一生懸命に日々努力されている先生もちゃんといらっしゃいます。

だから、そうではない人が目立ったのでしょう。

先日、s_locarnoさんのブログの職員室の話を読ませていただいた時、やっぱりこういう出来事はあるんだな、と確信しました。 

s-locarno.hatenablog.com

この年、私は35人ぐらいの先生と一緒に仕事をさせていただきました。殆どの先生は、良い方たちでした。 仕事を通して、慣れない私にたくさんのことを教えていただきました。感謝です。

質問です。この35人の先生の中で、私が「自分の子どもの担任にぜひ!」と感じたのは何人だと思いますか?

2人です。

35分の2です。

一人は、教員歴が長い女の先生。子ども一人一人に目が行き届き(38人クラスです)、それぞれに違った対応をしていました。 先ほど「背中に目はない」と書きましたが、この先生には、背中にも目がありました。いつも見ていました。いつも心を配っていました。

もう一人は、若い男の先生。さばさばした性格でした。ある日の先生の言葉が、とても印象的でしたので以下に紹介します。

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(英語の授業を10分削って、クラスのことに使わせてほしいと言われた日のこと)

縄跳び大会目前。クラスは『縄跳び大会のために給食を早く食べて練習すること』に決めました。(挙手の多数決で決定)Aさんは、決められた練習時間には我慢して練習に参加するけど、苦手な縄跳びにそれ以上に向き合うのは嫌だ、と言いました。みんなは、「学級のために頑張らないなんてAさんは自分勝手だ」と責めました。 

先生はこう言いました。

「多数決で練習することに決まったから、練習はします。Aさんはしたくありません。でも、みんなが決めたことだから自分の気持ちを抑えて一緒に練習してくれます。このAさんの気持ちに、みんなは『ありがとう』という気持ちを持っていますか?」

子どもたちは、神妙に聞いてから、「Aちゃん、ありがとう」と言いました。素直な子たちでした。

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一人の親として、学校の中を覗くとき、感じることはネガティブなことが多いです。

でもネガティブなことばかりがあるわけでもありません。

学校の中を少し覗いてから、私は先生にあまり多くを要求しないようになりました。

ほんの小さなことでも感謝すべきことがあれば、連絡帳に書いて伝えました。(人間褒められた方が良い仕事をするのではないかと思うので) 

ある人に、「先生にお願いがある時は、その前に9つ感謝をのべてから、1つだけお願いすること」と助言されて、本当にそうだなあと思いました。

なかなか「ずばり良い先生」に受け持ってもらえません。そんな時の親のの対応としては、「先生をほめて、その人のベストを引き出す」かなと思うのです。

(すでに大きな問題が起きているときには、もちろんこの限りではありません。)

 

教員の方がこの記事を読んだら、気を悪くされるかもしれないなあ、と思います。

ごめんなさい。ちゃんと素敵な先生方がいることも知っています。

でも、これが数年前私が感じたことでした。

子どもに愛情を注ぎながら教え導く先生が、どうかどうか増えてほしいと願います。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

korasophie.hatenablog.com

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