ことりのかけら

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自宅で看取るホームホスピス~家族の一人として~


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病院でなく、自宅で静かな日々を過ごすという選択をした方たちのことをよく報道で耳にしますね。 

個人でそれぞれ、いろいろな考えで決めた選択だと思います。

私の母も、最後は自宅でホームホスピスで過ごしました。 

10年以上前の話です。場所は日本ではなく、海外です。(ですので、今の日本の状況とは違いがあるかとおもいます。)

 

もともと母は、病院というか医療(西洋医療)に懐疑的で、私が幼少のころから病院での治療を信用しないタイプの人でした。

ですので、「絶対に病院で治療は受けたくない」「抗がん剤なんてもってのほか、手術もしない」と言っていました。私たち家族は、またお母さんの病院嫌い話がはじまったと思って聞いていました。その時は、「もし、病気になったら」という仮定のはなしでしたので。

そして、母は命を奪うタイプの病気にかかりました。有名人の方の訃報でもよく目にする病気です。そうなったときも、母の主張は変わりませんでした。母が信じていたのは、代替医療だけでした。

母の調子が悪くなるにつれて、父が何度も「病院に行って治療を受けてほしい」と懇願しましたが結局無理だったようです。

え? 子供はお母さんの心配しないの? 病院に言ってって言わないの?と思いますよね。

実は母は、自分の病気のことを隠していました。亡くなる直前は体力もなくなって動けませんでしたが、それまでは家事もできていました。私たち子どもは、母がかなり悪くなるまで病気のことを知らされていなかったのです。

(家族が病気になったときも病院にいかなかったの?と疑問を持たれるかもしれませんが、 父や私たち子どもが病気になったときには、病院にかかっています。)

先ほど書いたように、両親は海外で生活していました。私は、日本に日本に住んでいました。弟妹も、実家に帰るのに数時間かかる場所で生活していました。

 

闘病生活の中で2度ほど入院をしたことがあるのですが、どちらも「状況的に有無を言わせずそうなってしまった」場合のみでした。具体的には、母の様子をみて父が思わず救急車を呼んでしまった、とかそういう類の状況です。 

入院中しても母は「はやく退院させてください」と言い続け、治療途中で帰宅しています。

 

先ほど2度入院したと書きましたが、その2回目の時に、病院から「ホームホスピス」を紹介されたのです。 医療関係者が、母がもう長くないと知ったからでしょう。

ちょうど、父と二人での自宅での生活も大変になってきたときだったらしく、母はホームホスピスを受け入れました。 この時、家には両親のみが住んでいました。

週に数回、スタッフ(ほとんどは看護婦さん)が母を診に来てくれました。処置をしたり、体調をチェックしたり。精神的なサポートとして母にも父にもカウンセラー的な人がついていました。 中心は、「痛みを減らして平穏に過ごせる状態」を作りあげることでした。

スタッフがいない時間はすべて父が介護していましたので、西洋医療の痛み止めを使うことは母の本意ではありませんでしたが、母から痛みがひいて、父は楽になったと思います。

 

 

ある日、ホームホスピスの方からの「もうご家族に連絡した方がいいのでは?」と助言がありました。そして、私もきょうだいも初めて実家がホームホスピスとなった事実をしり、実家に行くことになったのでした。

 

自分の意志で、病院から自宅へ帰った母は、「やっぱり家がいい。よかった家に帰ってこられて。」と何度も言っていました。

父は、最終的に母の望み通りにするのが自分の仕事だ、と考えたようです。

私は、複雑でした。これまで初期に積極的治療をやってきていないことが気にかかりました。でも、すでに末期になっているのだから、それを言い出してもどうにもなりません。 

それでも母は最後まで、「家にいられてよかった。ありがとう。」と言い続けていました。

ホームホスピスの方が、看取るときのことも、あらかじめ父に説明をしていました。いただいた用紙には、「こんな様子があれば、今はこんな時期です」ということが書かれてありました。

ですので、「食べるのが減ってきている」とか「眠る時間が長くなっな」とか「排泄がすくなくなった」とか感じるたびに少し心の準備ができていくという感じだったと思います。

そして、母は自宅で息をひきとりました。

 

これが、私の知るホームホスピスです。

海外での出来事ですし、もう10年以上前の話なので、今の日本のホームホスピスとはいろいろと違うでしょう。

私がわかるのは、母が納得して「家でよかった」と思って亡くなったことと、父が「母の希望通りにしてやれてよかった」と思っていることです。

 

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