ことりのかけら

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ミス愛知が帰ってくる!~恩師の思いを伝えたい「青い目の人形と答礼人形、里帰り展」~


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先日、恩師のN先生が亡くなりました。人との出会いとは、不思議なもので、「あの時この人に出会わなかったら自分はどうしていたのだろう」という出会いがありますよね。 私にとって、N先生とはそういう方です。

お世話になったにも関わらず感謝の気持ちも伝えきれていないような教え子ですが、私にできることは何かと考えました。ブログに書いて、みなさんにお伝えしようと思います。

ご家族は、「7月下旬まで頑張って欲しい!!」と切望されていました。 なぜなら『平和の大切さ』を教えてきた先生が楽しみにされていたことがあったからです。先生が関わってこられた「青い目の人形と答礼人形 里帰り展」です。

戦争中に友好の証として贈られた人形たちが処分されていく中、守られて現在まで残っている人形たちがいます。愛知県からおくられた「ミス愛知」もその中の一体。この夏、故郷に帰ってきます。

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中部・東海地方に在住の皆さん、(その他の方も)、「青い目の人形と答礼人形 里帰り展」に足をお運びいただけると嬉しいです。

都合がつかない方は、展覧会があることを広めていただければ幸いです。

先生がなくなった二日後の新聞記事です。 

(中日新聞 2017年6月21日の記事より)

夏且勝弘さん死去 「青い目の人形」研究

一九二七年に米国から日本に贈られた友情の人形「青い目の人形」の研究者として知られる夏目勝弘さん(愛知県豊川市)が十九日、肺がんのため自宅で亡くなった。七十四歳。豊川市出身。〔中略〕

中学校の英語教諭だった八七年、同県豊橋市の西郷小学校に残されていた青い目の人形を授業で紹介したのをきっかけに、研究を始めた。近年は、愛知県から贈った答礼人形「ミス愛知」が米国で見つかり、国内への里帰りのため奔走してきた。

夏目さんは「排日運動が盛んだった米国と、反発が広がりつつある日本で、民間人が中心となって人形を贈り合った。偉大な行動で、民間外交の金字塔だ。民間のつながりを強めていくことで、平和にも貢献できる」と

話していた。

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すべて入場無料です。

豊川市桜が丘ミュージアム: 2017年7月19日(水)~7月30日(日)

 〒442-0064 愛知県豊川市桜ケ丘町79-2 0533-86-3775 (休館:月曜日)

★岡崎信用金庫資料館: 2017年8月2日(水)~8月13日(日)

 〒444-0038 愛知県岡崎市伝馬通1-58 0564-24-2367 (休館:月曜日)

★一宮市スポーツ文化センター: 2017年8月17日(木)~8月25日(金)

 〒491-0043 愛知県一宮市真清田1-2-30 0584-24-1881 (休館:月曜日)

★名古屋市博物館: 2017年8月30日(水)~9月10日(日)

 〒467-0806 愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂通1-27-1(休館:月曜日)

お近くの方は、どうぞ足をお運びください。

「答礼人形を里帰りさせる会」

豊川市桜が丘町79-2 豊川文化協会内 0533-89-7082

詳細は、⇓こちらから

 

( 2015/8/6付 日本経済新聞より)

「親善人形 帰郷へ動き出す」
90年前渡米し所在不明だった「ミス愛知」、ついに見つける

夏目勝弘

 2014年10月、米国から一通の電子メールが届いた。差出人はミネソタ州の日本人形愛好家、アラン・スコット・ペイト氏。第2次大戦前に日本が米国に贈った答礼人形の一つ「ミス愛知」を入手したという。85年以上、行方知れずだった人形がついに見つかったのだ。

【友好の証し相互に贈る】

 1927年、米国は日本に友好の証しとして「青い目の人形」1万2739体を贈った。日本はそのお礼に各道府県、大都市などから1体ずつ、58体の日本人形を贈った。私はこの「日米親善人形」の歴史を28年前から調べている。

 興味を持ったのは、愛知県豊川市の中学校で英語を教えていた87年のことだ。教科書に「A doll with Blue Eyes」(青い目の人形)という題の英文が載っていた。群馬県で見つかった人形のテレビ報道をきっかけに、全国で相次ぎ人形が発見されたという内容だ。

 哲学科出身の私は、かねて授業で「英語を通して生き方を教える」ことを目指していた。戦時下、敵国から贈られたとして処分するよう命令されたにもかかわらず、「人形に罪はない」と守り通した人々の物語は、私の教育方針にぴったりだ。

 だが、愛知の子どもたちにとって、群馬の話は身近ではない。どうやって興味を持たせようか考えていたところ、ちょうど隣の豊橋市の西郷小学校にオハイオ州から来た青い目の人形「コネタ」が保存されているとの新聞記事を目にした。

 早速、西郷小にお願いしてコネタを借りることにした。人形は本物そっくりのパスポートや乗船切符を持っていた。眺めながら授業計画を練っていると、パスポートに「この人形を受け取ったあなたからのお便りを待っています」というメッセージを見つけた。

 筆者はゼニス・キャンベル。「まだ生きているかもしれない!」と思い、すぐにオハイオに比較的近いシカゴに住む友人に電話し、贈り主を探してほしいと持ちかけた。

【訪問で「孫」受け取る】

 贈り主探しは2月下旬に予定していた英語の授業には間に合わなかったが、3月末には成果があった。友人によると残念ながらゼニスさんはすでに亡くなっていたが、娘さんが見つかったとのこと。しかも娘さんは、メッセージの筆跡から母親が贈ったことを確認してくれたという。

 コネタの贈り主発見の報は現地のマスメディアにも大きく取り上げられた。コネタの里帰りを目指す機運が高まり、私も友人も興奮したものだ。

 結果的にこの里帰りはかなわなかったが、私の人形への興味はますます高まった。87~88年にかけて、愛知県に残っている人形を次々と訪ね歩き、関係者に話を聞いた。

 その中の一つ、設楽町立田峯小学校の「グレース・A・グリーン」という人形は、コネタと同じオハイオ州から贈られていた。そこで88年にはオハイオ州の教育委員会を訪問した。熱烈な歓迎を受け、オハイオからはグレースの「孫」として新たに人形3体が贈られることになった。こうした活動に携わっているうち、親善人形に関する知人の輪はどんどん広がっていった。

【人間国宝の郷陽が制作】

 ところで88年の訪米には、もうひとつ、別の目的があった。それは日本から米テネシー州の美術館に贈られたとされる「ミス愛知」の消息を調べること。ミス愛知は、人間国宝の平田郷陽の手による。

 事前に美術館に「それらしき人形がある」との情報を得ていたものの、実際に収蔵されていた人形は別物だった。美術館の協力も得てその後も調査を続けていたが、結局、ミス愛知の行方はつかめずにいた。

 それが昨年、突然のメールだ。ペイト氏と面識はないが、米国で答礼人形を探す活動をしており、オークションで入手したという。私はすぐに、送られた写真を持って東京・浅草橋の老舗人形店「吉徳」に鑑定を依頼した。吉徳の先々代、第10代当主自身、答礼人形の製作に中心的な役割を果たした人でもある。

 写真のミス愛知は、金髪のカツラで西洋風のドレスを着ていたが、顔立ちなどから平田の作とわかり、本物と鑑定された。郷陽は58体の答礼人形のうち5体を製作したが、これで全ての所在が明らかになった。

 このミス愛知をどうしても日本に里帰りさせ、戦時下で人形を大事にした人々の思いを多くの人に知ってもらいたい。ミス愛知の渡米90年となる2017年の里帰りを実現すべく、今は準備を進めている。(なつめ・かつひろ=元中学教員)

 

f:id:korasophie:20170630001514j:plain 読んでくださり、ありがとうございました。 ことり